ダメ出し

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悪気無く娘のためを思ってくれていることも重々伝わるのだが、ダメ出ししかされないと気が滅入ってしまう。あまり褒められた記憶がない上に言葉の端々から評価の低さが伺えてしまうのも一因。

確かに困らせてばかりの子供時代だった。おらは深刻でない程度の自閉と多動であったと思うし今の世なら反抗挑戦性障害なんて診断されていただろう。中年になっても人と大分違うままなのは「傍目が全く気にならない」「何かにつけマイノリティ」の二つだ。でもこの生き辛い特性を持つ割に上手いこと生きてきたと自負している。

小さな頃から将来の夢と聞かれると職業のことである風潮があったため上手く言葉にできずせいぜい「日々笑って暮らす」程度のビジョンだったが、女性のパートナーと共に、温かい土地で、自然に逆らわず、日々笑って、一人ではできないことを分担してつくりあげる。昔からのこのもんやりした夢を三十代にして完全に叶えてる。それは一度もブレることなくここへ向かってきたからだ。昔話をしてみても、普段の素行と合わせればマイナスだろうが文武で話題に上がることもなかったわけではない。そんなものを何一つ覚えておらず記憶の中の娘はいつも問題児なのだ(確かに問題児だったが)

このハンデを持ちながら自分を活かせる職に付き、やりたいこともやりながら評価ももらい、友人たちにもそれなりに一目置かれながら、女一人で家を構え、地域からも受け入れられていること我ながらもっと評価されるべき。

確かに職やパートナーは転々としてきた。転職を繰り返すと言っても、それで実家に寄生したことも、貯金を食いつぶしたことも、借金したことも、身の丈に合わない生活で散財したことも、ギャンブルに依存したことも何もない。心と体の声を聞きながら、壊れないようにバランスを取りながら、真っ直ぐ目指す方向へ歩いてきて今がある。もちろん両親からの多大な恩恵もあってのことだが。やってみたいことは全てやったし、そこで必要なスキルは身につけた。もちろん長く居ることでより極めるのだろうが、短い人生の選択肢で選ぶのはそれじゃないと思うからこそケリを付けた。

恋愛も同じ。今となっては恋愛と呼んでよいものかさえ悩ましいが、望まれてパートナーシップを築こうと努力し痛い思いをしてきた。これ以上不幸になっては慈しんで育ててくれた両親に申し訳が立たないと思ったら終了という線引をしていた。失敗からしか学べないことがたくさんあったのだから何一つ無駄だったとは思っていない。どこへ属してもマイノリティで価値観の合う人なんてこの世にいないと思っていたけど一人だけ見つかった。今その人と理想的な暮らしをしていて何に感謝してよいのかもわからないくらい。それを堪え性のないダメ人間のように思う必要はあるだろうか。全てのことは自分にとって意味のある前進だ。

それぞれやり方の相違はあるだろうがこちらは別世帯としてわきまえている。正解は人それぞれ違う。おらはまだまだ何も分からない小娘でもあるが、これからも起こりうる全ての失敗や気付きこそが我が人生なのだ。なので個人的には二つ褒めて一叱るくらいでいてほしい。