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生教育

自分らしい孤独

農作業をしながらラジオを聞いていた。話題は「子育てと性教育」についての悩み相談だった。その回答の中で「性教育は生教育からが大前提」という言葉が耳に残った。性教育というのは、雄しべと雌しべのような話しから、多様性、危機管理、出産にまつわる話など多岐にわたると思うが、それ以前に生まれてきたこと、生きていくこと、愛されること、家族とはなにかを知り、考える必要があると。それを知らない人間に、雄しべや危機管理を教えても理解できないのだと。


おらは、性の多様性を訴える場面が身近に多々あって、その中で「自分のいうセクシャリティーはセックスのことではなく生き方のこと」といつも話してきた。同じことではなかろうか。性というのは、個人の趣向で公にしたり秘め事としたりしておけばいい。生というのは前面に出るもの、滲み出るものだ。価値観、交友、生きざま。


性というのは生の内包するものの一部だ。何を選ぶか。


何を食べるか
何を着るか
何を買うか
どう働くか
どこで暮らすか
誰と生きるか

多岐にわたる選択が合わさり自分の「生」になる。「生」について考えたことが無い人にその先の話は届かない。
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