常時応戦状態

聡子先生と久々に長電話。ありがたい助言をたくさんいただく。


「生きるのがしんどいなら改善。しんどくないなら問題ない」ていうのは、他にも多くの人から聞いたんだが、よい機会だったので改めて振り返る。


しんどくないと思ってきたから、剥き出しにしてきた。さらけ出だしてきた。丸くなんなかった。偽る方がよほどしんどかった。でも結果として、しんどかったという結論がでてしまった。他者と自分の間にある深い川は、確かにおらを疲労させた。でも、よくよく振り返ってみると、常時応戦状態である疲労が、自分の想像以上に大きなものだったってことなんだと思う。丸腰で「いつでも攻め入ってください」と言う生き方しか知らなかった。そりゃあやられ放題(笑) でもよく考えたら、無防備でありつつ無警戒ではないわけで、その辺の疲労なのかもしれない。覚悟がなきゃ、即席だけで折れずにいることなんて不可能なわけで。でも、その覚悟が重くなったと。うわー情けな!!! これは恥ずかしすぎて消えてしまいたいレベル。


なので、おらのすべき改善というのは、ひと言で言えば「応戦状態」でいなくて済む居場所を増やすってことになるんだろう。分かりやすい! さすがプロ!


大儀に隠されたおらの欲求の話は、自分ではてんで分からなかった。ただ、こんな自分になっていったのは、地球の片隅を、実際自分の目で見て歩きながら徐々にだったんで、防衛のための大儀ではないように思う。


あと、おもしろかったのは、こうして書いていることが自己顕示と捉えられると、まったく違ったものに見えるんだってこと。なるほどー。おらとしては、垂れ流された思考を一度脳内から追い出すための作業以外の何ものでもなかったわけで。買い物リストつくったら、買うもの覚えてなくてもいいのと同じ、ほんと覚え書き。言われてみれば、人への主張だと思って読むとなんと恥ずかしい!! まさに中二病。思いもよらず、リスキーなことやってたんだな。やっぱり第三者視点て必要だなー。


しかし、小娘だった聡子がすっかり落ち着いたというのに、おらはいつまでも意気がった小娘のまんまだな。


あ、なんかきれいにまとまったのに。ひとつの仮定として。「応戦状態」の疲労ではなく、「偽り続けた」疲労の可能性もあるかもしれない。まったく応戦しなかった、丸くなり続けた場所がある。もしそうだったとしたら、すべき改善が間逆になるのか。これ以上踏み込むのはいろんな意味で怖い。