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依存とは

あきらめるなんて死ぬまでないから

あるきっかけで、信田さよ子共依存に関する本を読んだ。そこで偶然にも、何かが紐解けた感があったので、思いつくままつらつらと。


まず、依存というものをよく理解できていなかった。例えばアルコール依存症とは、禁断症状がでる人のことだと思っていた。それも間違いではないだろうが、アルコール依存症とは、生きる目的がアルコールを飲むことになった人のこと。そして、全ての依存とは、生きる目的を何かに取ってかえてしまった人。


「自分のために動け、自分のために生きろ」と、よく言われた。前々から超自我の肥大による強迫症状の自覚がある。感情の制御ができない人と反対だ。理性に則った思考しかできない。それを超えた思考はできない。感情に任せることができない。


理性に支配されているから欲求レベルが低い。それゆえ、自分の人生を生きていない、自分の夢がない。誰かを(それは人じゃなくても)幸せにすれば、誰かに幸せにしてもらえると思っていたのかもしれない。過剰適応だとも社会適応障害だとも思っていたのは、思考に過剰適応、社会に不適応ということだったんだろう。


おらはまず、自分の、自分だけの人生を生きることから始めなくてはいけない。いけないって言い方がいけないんだろうな。おらの人生を始めたい。そう強く思うこと。務めじゃなく、欲求として思うこと。これが簡単なようで難しいのだけれど。


人は自分の心を傷つけないために、それを守る術、矛盾に対応する術を持っているそうだ。裏表がなく極端に開けっぴろげ、逃避や正当化をしない、感情で発散しない、矛盾が処理できないというのは、素っ裸で表をあるいているようなものだと、攻撃を防ぐ術を何も持たないも同じだと言われた。自分の守り方も、少しずつ覚えなくては。


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