読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

二〇一一年はじまる

今更ながら、明けましておめでとうございます。気付けば一月も終わり。新年の挨拶も抱負もこんなに放置した年は初めてだ。大晦日は大掃除を終え小禄で年越しすばを。帰宅しのんびり年を越した。初夢は覚えておらず。元日はお母さんを迎え、自前の江戸前雑煮と、ターンムでんがくなどのうちなーしょーがち料理をいただく。その後、糸満の家へ挨拶に。三日目あたりから、腸炎からすっかり回復した。食中毒や腸炎などは、何故かいつも吐いたり下したりができないため、毒(?)が体内に残り腫れたり皮膚が痛んだりと違う意味で大変だ。


七日には普天満様にご挨拶を。今年の御籤は中吉。「親類まで災いして思うにまかせず心痛する事多し。何事も時のいたるまで天にまかせて、静かに身を慎んで居れば雪の朝日に消える様に楽しい時あり今は何も控えよ」。御籤はいつも財布に入れてある。新年新しいものをひいて、昨年のものを結んでくる。だので、一年を終えてから、その年の初めの御籤を読み返す機会がある。普天満様でひく御籤は、後から読み返すと、まさにその年を一言で表したようなものばかりで驚く。言われたとおり、今は何事も控えよう。その後、香奈子からの見舞いのチケットを使い、EMスパ コスタビスタへ。初めて岩盤浴を体験する。風呂もサウナも堪能し、ぜいたくな時間を過ごせた。


そして今年の抱負。毎年自然としっくりするものがでてくるというか、既に定まっているようでもあるのに、今年はなかなかでてこない。理由はわからない。とにかく今年は就農するぞと思っているが、それって抱負だろうか。なんというか、今は頑張りたくない、いや治療のために頑張らないよう努めているというべきか。気持ちを抑えている状態で、とりあえず今年は何某を頑張るぜー!と思うのは難しい。今はただじっと春が来るのを待って、そうしたら自然と何もかも前に進むような気がしている。だから抱負は、その時考えてもいいのかもしれない。


今日は旧暦の十二月二三日。春はそんなに遠くない。何度も沖縄の四季を過ごし、自分なりに体で感じる季節がある。意識せずともしっかり感じるのは、十月十七日のすばの日前後に吹く新北風(みーにし)。真南風(まはえ)の終わりを知る、一年で一番悲しい日。そしてやってくる冬至寒(とぅんじーびーさ)と、旧暦十二月八日の鬼餅寒(むーちーびーさ)。今年は鬼餅寒と鏡開きが重なったため餅の日となった。一月五日頃にやってくる小寒(くぅびぃさ)は、鬼餅寒とだいたい重なるのであまり意識しない。一月二十日頃の大寒(うふびぃさ)も然り。あとは、旧暦二月にやってくる別れ寒(わかりびーさ)を待つばかり。二月風廻り(にんがちかじまーい)を感じながらじわじわとうりずんへ。今年の旧正月は一週間後。旧二月は三月五日から。あと少し。写真は年明け前に手入れした悲惨な姿の松。難しい(でもこれでも当初よりずっとよくなったんだよ)。