ふつうに生き物っちゃ生き物なんかもしれない

いつからか、雨の日に登校できない人になっていた。さらに、単位とやらが足りていれば進級や卒業は可能と知った十五歳以降は、冬季はあまり登校しなくなった。社会に出て二度目の冬に退職届をだし、以降、二月は東南アジアで過ごした。盆が過ぎると襲ってくる絶望感に耐えかね、九月は毎年沖縄にいた。


日暮れはどうしてもうまく笑えない。春の夜の匂いは頭がおかしくなりそう。雨の日は体が動かない。小さいころから、思春期も、大人になってからも、夏がきた日は奇声を発しながら、自分の足で、自転車で、単車で走りまくった。何かの衝動が抑えきれない。それはいつも体の中にある。夏や太陽を思う気持ちは恋心が一番近いと言っては、なんど怪訝な顔をされてきたろう。毎年、八月末から十か月も恋焦がれて。こんな割合では生きていけないと思った。なんとか似たような空間をつくろうと、真冬に加湿器で部屋に雨を降らせた。息が詰まるくらい高い湿度でなきゃだめだ。なぜ島に移住したのかと尋ねられ、夏季が長いからと答えるたびに、苦笑されて、それでもその答えしか持っていなかった。別に夏大好きっ子☆をアピールしたいんじゃないのに。それは私の装飾部分ではなく、もっと核になるものだ。言葉ではなんというのが適切なのかわからない。いつも心臓を何かにわしずかまれている。それが何かを知らない。ひどい低血圧なのに、朝はテンションが高い、機敏に動く。どんなに暑い日も、あえて日なたを歩く。日焼け止めはぬらない。帽子もかぶらない。布も最低限しか身に着けない。それでも足りない。何が足りないんだろう。なんで足りないんだろう。真夏の昼間に路駐した車に乗るのが好きだ。全身が熱されて、鳥肌がったって、涙が出そうになる。


「雨で生理だともう出勤なんて無理」とは、私がいかに怠惰かという自虐ネタとしてよく口にした言葉だ。誰もが苦笑したり突っ込んだり笑い飛ばしたり。この言葉を初めて笑わずに聞いたのは、心療内科の先生だった。それよにって自分を責めなくていいと。でもあれおかしいな。私はもうずっと昔からこうで、今の症状とは関係なしにこうで。みんなこんなふうに生きてるんだろうか。一部の人だけこんなふうなんだろうか。身近な人に話すと、少なくても自分はそうではないという回答ばかり。酒は楽しい。心臓をつかまれていることも、抑えきれない衝動も、全部自然なことで全部おもしろくなる。酒があれば、ただ受け入れて開放するだけだ。そしていつの間にか眠って、朝は焦って焦っているうちに日が暮れてまた飲む。煙草を吸えば、はじめて深呼吸できる。これでよく自制心が強いといわれるもんだ。笑える。そんなものないんじゃないかって気がしてくる。昔書いた日記さえ、今改めて目を通せば理由づけに思える。偉そうに書いておいてなんだが、生き方とかではないのかもしれない。


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太陽 =http://d.hatena.ne.jp/manabitch/20070831/