自分だったら

もし自分だったら… という話ほど意味のないもんはない。そんな育ち方をしたらー、その国に生まれていたらー、そんな仮定の生き物、これっぽっちも自分じゃない。この時代に、この親から生まれ、この環境で育ったのが私だ。違う環境で育ったら、それはその違う環境で育った人であって、ぜんぜん私じゃない。だから隣の国どころか、隣の家に住んでいる人にさえなれない。当たり前のことだ。自分だったらなんてそんな仮定、そんな心境の想像も捏造も意味ない。時間の無駄だ。今の私で思えることを思って、考えて、動く他はないのに。


茨木のり子は言う。「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」