非暴力コミュニケーション

とは言ったものの、価値観とも善悪の基準とも、いまいちずれる気がする。突き詰めて言えば、自然の理を顧みず、欲にまみれること。とりわけ自己顕示欲。中でも感性を主張するもの。そのエゴまみれで主張された感性を主張することを恥かしいと思えないこと。そして、それらに簡単に共感をすること。自然の理と自己顕示欲が天秤にかけられることだけでも理解できないのに、実際はその存在は忘れられ、同じ天秤に乗ることさえない。そういう肥大しすぎた、無意味な欲を目の当たりにした時に、自分の中に強い拒絶が起こる。


私自身そういう面がないとは言わない。が、自身のそういう面を恥じることはできる。狂っていることはいつでも疑問を持ちたい。自分の否は認めたい。それだけだ。でも不必要にエゴにまみれた社会の中で、違いを埋めること、認めること、そんなことしたいと思えない。交わりたくはない。基準は人それぞれとか、好き嫌いも含まれるからとか、善悪とは時代によって移り変わるとか、そもそも善悪とは人が定めたものとか、そんなこと言われても、それこそどうでもいい。だって不変なはずだ。で、違う人間をどこまで認められるかって話なんだけど、やっぱり出口が見えない。悩んでるわけじゃない。ただ先に進むために考えたい。自分を正当化したいわけでも、誰かを非難したいわけでも、自己主張したいわかでもない。できるなら、自分の中で折り合いがつく方法を探し、納得した上で認め合い尊重しあいたい。でもそこに行き着くプロセスが見えてこない。

こんなもの拾ってみた。

非暴力コミュニケーション(ひぼうりょくこみゅにけーしょん)
Nonviolent Communication、NVC


基本の4ステップ
1. 事実認識 (Observations):自分に影響を与えている事柄について、「いつ、誰がどうして、何が起こったか」を、善悪や責任などの判断と切り離して説明する。
2. 気持ち (Feelings):その事柄について、自分はどう感じているのか、自分の内側の感情の動きを探り、相手がどう、ではなく、自分の気持ちを言葉で表現する。
3. 必要 (Needs):その気持ち(辛い、不安など)から、自分が大切にしているどのような価値とぶつかっているのか、どんな必要が満たされていないのかを見つけて、非難でなく、表現する。
4. 依頼 (Requests):相手が何をしてくれれば、自分の問題が解決してハッピーになるのかを、具体的で実行可能なお願いにして、依頼する。(要求ではなく!)


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価値観 =http://d.hatena.ne.jp/manabitch/20081213/