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管理教育

あきらめるなんて死ぬまでないから

今の自分をつくっているものは、育った環境が大きく影響していると思った。急に思った理由は、今までは誰もが通る時代的なものだと思ってきたから。僕らの七日間戦争が映画化されたことを思えば、普通に全国的なもんなんだと思うじゃないか。なのに、地域に特化したものだったなんて。1980年代から1990年代前半て丸ごと一致している。流されちゃだめだとか腑に落ちるまで折れないとか、どんな時でもそんな思いがつきまとうのは、個性を殺そう殺そうとする奴らから必死に自分を守ってきたからだろうか。もちろんこの時代にこの場所で育った人がみんなこうなっちゃいないだろうから、それはそれでやっぱり個性なんだろうけど。ほんとうに思春期だったからとか関係なく、大人になった今思い返してもくだらない卑怯者だらけだった。年長者だからって敬う気も起きないくらい。だからあの場所を出身地といつまでも言えないのかもしれない。懐かしさなんて皆無。


Wikipedia 管理教育 より一部抜粋

1980年代から1990年代前半、「東の千葉、西の愛知」と呼ばれる管理教育の雄として有名だった。 管理教育では、自主性をもって生徒らが学校の意思決定に参加できず、専ら教員の意向に従うことを求められる。これらは主体性を否定し、性悪説的な理念に基づいて、管理と統制が無ければ個人は社会の中では無価値だという発想も見て取れる。管理教育として槍玉に挙がるようなケースでは、管理側の都合のいいように各々の個性を無視ないし否定するなどといった部分が問題視される。

管理教育的とされることのあるもの
遅刻を理由の如何によらず容認しない/登校時の校門指導と校門閉鎖/生徒の意見を聴取せずに制定される校則/ヘアスタイル、制服の強制と厳密な適用/体罰の行使/軍隊的な体育授業/学習指導要領への服従強要/プライバシーを無視した所持品検査と私物の没収/非常に細かい行動規則/学習成果の公表/運転免許取得に厳しい罰則