たがが外れる

たがが外れやすい人間なんだと思う。ほんとうにどうしようもない。人が自然にできることができない。だって、たがが外れないように必死になって生きてる人なんているんだろうか。滅多なことじゃ外れないからこそ、そんな言葉があるんだろうに。必死に抑えつけてないとすぐ外れちゃうんじゃ、ただの失敗作じゃないか。原因まで分かってるのにできないなんて。常日頃から必死に抑えつけている意志の力を緩ませるのは、慣れと酔いなのに。分かってるのに。分かってるなら気のつけようがあるのに。でも緩んだ状態で思考も緩んでちゃどうしようもない。一見自制心が強い人なんてこんなもん。誰よりも弱いから必死で抑えてるなんてさ。でも凹むんだけど、確かにまたやっちゃったって凹んでるんだけど。こんなこと考えていられること事態、平和になったよ。ほんの少し前からは想像もつかないくらい平和。


平和といえば昇格した。たくさんおめでとうをもらった。人が不快になる言い方をしない人。壁や派閥をつくらない人。飲みの席とはいえ、トップにそんな言葉をもらうのは嬉しいことだ。それが何気ない言葉だったとしても、やはりうれしい。


あーあ。禁酒でもした方がいいのか。できっこないけどさ。なんかね、非常に怠惰だね今。頑張れてることもたくさんあるけれど、いやむしろ増えたけど、違う意味で緩んだ。なぜ背筋を正していたいんだろう。我がままで自分勝手で思いやりがないなんて、そんな部分をどう扱えばいいんだろう。割り切れない、人に迷惑をかけたくない。なのに、私の勝手な自己嫌悪にまで心を痛めてもらえて配慮してもらえて、そんなものにはどう応えればいいのさ。この嫌悪をどうなくせばいいの。自制の保ち方も知らないのに。いつかこっ酷い目にあえばいいんだ私は。それでもきっと学習できないから。そうなったら諦めもつくんじゃないか。ぐちゃぐちゃ言ってないで大人になろう。必要なのは自制じゃなくて思いやりだ。それを忘れなければ余裕な気がする。そうでもないかね。