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受身脳

自分らしい孤独

いくつになっても、いつまでたっても、受身脳にうんざりさせられる。気にかけてくれない、気付いてくれない、手伝ってくれない。人と親しくなりたければまず自ら動け。動かずに自分が気にかけて貰えないって愚痴ったり、私が独り言を発したらら振り向いてねというコミュニケーションは嫌いだ。「あのね、ううんなんでもない」とか何十ぺんも言われるようなもんだ。言いたいことがあんなら聞かれなくても自ら言えよ子どもじゃあるまいし。人への期待を叫んでるやつほど、自分が全く動きやしない。常に被害者。私は辛そうにしてるから、誰か気にかけてね。と。それでまた自称気が利く奴とかがうっかり構っちゃって構ってちゃんが増長して気色悪い関係ができあがっていくの。無理してる奴に気付いてそれとなくフォローしとくとかは普通だと思うんだけどさ。そういうお互いが自己アピールのために自作共演しあってるのとか、まあ勝手にやっててくれる分にはいいけど、巻き込まれたときとか泣ける。


なんで自分だけが特別に例外的に誰も彼もの関心を集められると勘違いしてしまうんだ? 面倒臭い奴でも、話の通じない奴でも、迷惑な奴でもいいよ。真っ直ぐぶつかってくるなら、寄りかかってくるなら、こちらも真っ直ぐ相手をしようと思える。したいと思う。それで最終的に分かり合えなかろうが、無駄な時間を過ごしたなんて思わない。自分で決めて動いてんだから誰のせいにもできないだろ。でも、自分はなにもしないで、伝えることも、意思表示も、礼も、謝罪も、不満を言うことさえしないで、分かってくれないおれ可哀相被害者っていうのは全然違う。勘違いもいいとこだ。こっちもエスパーじゃないんだから。仮に全然分かっちゃうとしても、なんでこっちから何でも肝でも歩み寄ってやらないといけんの。たまにはいいけど、毎度毎度はやってられないというか、やってもいいけどアホらしい。大事なことなら特にね。そんな一人相撲みたいな関係にうっとりできるほど目出度くもないんで。単に都合のいいやつだったんだよな。これほど受身脳が嫌いだと騒いでいるのに、敢えてそうでるってことは、そもそも私の好き嫌いなんて聞いてねえしどうでもいいし、お前なんか便利なだけなんだから自己主張とかしてんじゃねえぞってことだよな。そうですかそうですか。惜しかろうがなんだろうが、無理だわ。やっぱだめだわ受身脳は。これはもうこういうものと割り切って生きてくしかないらしい。