人偏に、憂うる

父さんは今回も空港にきた。もういい年だから、長時間の運転も疲れるだろうに。申し訳ない。婆ちゃんの顔をみてきた。今回いろいろキャンセルになったが、おかげで婆ちゃんの家を訪れることができてよかった。私がしてやれることは、たまに顔を見せるくらいしかないから。弟夫婦の家も外から見てきた。母さんはご機嫌麗しくなかった。登紀子聞きながら飲む島が旨かった。一晩だけだけど楽しかったね。いつも迎えてくれてありがとう。

私は誕生するまで男子と思われていたので、優(まさる)という名が付けられる予定だったのだと、昔聞いたことがあった。この夜のそんな話が出た。名の由来は太宰の書簡だそうだ。そういえば、アルバムに似たようなことが書かれていた。最初の子にこの名をつけた父さんはやっぱり父さんだ。そして、私はそれを誇らしいと思う。

文化と書いて、それに文化(はにかみ)というルビを振る事、大賛成。私は優という字を考えます。これは優れるという字で、優良可なんていうし、優勝なんていうけど、でももう一つ読み方があるでしょう? 優しいとも読みます。そうして、この字をよく見ると、人偏に、憂うると書いています。人を憂うる、ひとの淋しさ、侘しさ、つらさに敏感な事、これが優しさであり、また人間として一番優れている事じゃないかしら。そうして、そんな、やさしい人の表情は、いつでも含羞(はにかみ)であります。私は含羞で、われとわが身を食っています。酒でも飲まなきゃ、ものも言えません。そんなところに「文化」の本質があると私は思います。

太宰治 河盛好蔵宛書簡より