抑圧

聡子にも会ってきた。久しぶりにいっぱい話せた。いろんな事を話せた。何年も勉強してきただけあって、さほど説明をせずとも分かってくれるのが助かる。やはり理解されるということ以上に心地よいことはないんだなあと。私を構成するのは善意や自己顕示欲や正義感ではなく、強迫症状の一種で、むしろ病んでるんだということを簡単に分かってもらえるのはとてもありがたい。


ここ最近、いったい何人に言われただろう。自分を労われ、自分のために動け、自分のことを考えろ、自分のために生きろ。決して自己犠牲的な喜びは感じていない。奉仕の心も持っていない。まずは星に、人以外の生き物に、途上国の人に、最後に先進国へ、物事を考える時や行動の優先順位は常にそうなっている。人間は勝手に食いあい殺しあっていればいい。そんな中でも人を思うならまず弱者から。簡単な規則に従って生きているだけだ。超自我の肥大、過剰適応、神経症、抑圧、私がこのへんの言葉にいきついて思ったことといえば、よくあることなんだなと。この辺はもうあれだろ、個性とかじゃなくて前頭葉がどうとか、なんとかホルモンがどうとか、身体欠陥的なもんなんだから考えても仕方なくね。何事も原因さえ分かれば気にならなくなる。だってもう尋常じゃないよな。今日だけで八つも書いてるとか。