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思い出す

あきらめるなんて死ぬまでないから 自分らしい孤独

月に一度やってくる胃痛に中年期を感じていたが、単に生理痛の一種だったらしい。胃が衰えるくらいだからさぞ全体的に高齢期にと思っていたのに、原因さえ分かればなんてことはない。久しぶりに四十時間ほど通しで働いた。まだまだいけるようだ。というか、数年前は日常的にこうだったが、日が落ちれば必ず酒を入れていたわけであり、素面でこういうことしたのは人生初かもしれない。飲酒運転追放の波にもまれながら生きてる。眠らず食わず、栄養ドリンクとコーヒーだけで、明けに酒をたらふく流し込み、最後に暴食して仮眠。で、胃は健在と。全然衰えてねえと正直思った。

すぐ寝るべきだったんだが、メール見たのと、空腹だったのと、しばらく顔だしてなかったのとで、とりあえず飯のつもりでぶらんきぃへ。体やテンションは上々でも、思考回路は確実に鈍っているわけであり、何電話とかしているのかと。でも普通にそうしようと思った。私のような考えすぎ人間は、鈍っているくらいが丁度良いのかもしれない。すごく楽しかった。だが翌日には正気に戻るわけで、振り返っては頭をかかえる。調子にのりすぎだ。でもまあ、良い旅になりますよう。

泣きながら電話があった。ずっと何も知らなかった。可愛くて元気で愛されて、他よりちょっと恵まれた人だろうと思っていた。くも膜下出血って。遠いと思った。普段感じなくとも、こんな時は私の暮らす場所はとても遠い。何年も会っていないけれど、当時彼女の言葉に、存在に、いっぱい助けられた。何故だか無条件に私を好いてくれていた。いい友達だった。被写体にもたくさんなってもらった。みんなでバカばっかりやってた頃。駆けつけた病院の屋上で、「うちらドラマみたいじゃない?」って不謹慎にもニヤって笑った。あの顔忘れられない。あれがもう十年も前なのかよ。そうだあの時だって、あの子が連絡くれなかったら、何もかも変わってたかもしれない。今の私は確実にいない。それくらい、大事なものをくれた人なのに。何もしてやれなくて、せめて思い出しながら飲んでた。遅くまで。帰りたい。顔が見たい。帰ったところで何もできないけれど。こんな時は、思い出す以外に何をするものなのか。