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友情って免罪符

自分らしい孤独

いろいろと世話を焼きにきてくれた香奈子と、病床で語らっていた。十年以上も前からだが、ゲイの友人をステイタスとする風潮がどうにも気色悪いという流れから、その逆ってないよね?と尋ねられた。男は自分に興味のないやつを嫌うし、女は自分に興味のないやつが好きだからねえと、朦朧とした頭でも自然に返していた。全てに当てはまるとは言わないが、だいたいそうだ。もともと狙う性と狙われる性だったからなのか。だからヘテロの女はゲイを追い掛け回すし、ヘテロの男はレズビアンを毛嫌いする。なら女のほうが損だねと香奈子は言う。損とか得とかは思わないが、ああそういうことなのかと、自分で言ったくせに妙に腑に落ちてしまった。私が根本的に雄を嫌うのは、主にその属性によるものが大きいなと。ヘテロ男が振りかざす男女の友情を見る度に吐き気がするし、それに乗っかる輩も然り。自覚しているとはいえ、ここまで病的に潔癖だと、やはり常人として社会生活をするのは難しいものだ。そういう人々と同じ世界で生きていくために、そもそもヘテロっちゅうのは別の生き物だからという前提と、それから生まれる寛容さ無関心さがどうしても必要だったんだなあ。

あとこれは男女に限った話じゃないが、「他の想い人の話をする聞く」という行為が全ての免罪符になるという風潮も非常に気持ち悪い。色こきあっている者同士で、その免罪符さえ振りかざせば誰に対しても自分にさえ都合の良い建前になる。それは言い訳だけしっかりちゃっかり用意して、大事なことを見誤ってるってことじゃねえのかね。自分にゃ関係ない話だが、外を見るとそういう気持ち悪さが溢れていてどうもだめだ。