子役

親類が苦手だ苦手だと幼い頃から思っていたけれど、誰がどうというよりも、末っ子らしい振舞い方が分からず苦痛だったんではないかとふと思った。いやもちろんそれだけじゃなく、未だにキツい人たちだとは思うけれど。でも悪い人たちではない。一歳も離れていない弟と双子のように育ったとはいえ、姉らしいことや我慢は特にしていないとはいえ、私はやっぱり属性的には上の子であり、長女なのだ。けっして甘え下手ではないが、子どもらしく振舞うことや末っ子属性とはまた別物だ。集まってしまうと、私たちはひと括りで末っ子になるわけで、それはうちの父が一番下だからで、自分よりずっと年上の末っ子属性さんたちに囲まれて、どう振舞えばいいのか分からなかったんだろう。


少しずつ振り返っても、幼い頃なのか思春期の頃なのか分からんが、子どもらしい振る舞いができないということが、私の一番の劣等感であったことは多分間違いないわけで、それがこの辺にも影響しているのかもな。どっちがどっちに影響を与えたのかは分からないが。大人になってから会うことが昔ほど辛くないのは、私が図太くなったからだと思っていたけれど。実際は、次世代の子どもたちがいて、誰も子役をやらなくてすむからだろう。そう、子役だ。家族といてもそれがしんどかったんだ。子役を卒業する許可が下りた時、両親のことがやっと好きになったんだ。


自分の子ども時代を好きになれないのは、すごい速さで忘れていくのは何故なんだろうと思って、無邪気に振る舞えない自分を嫌っていたからじゃないかと思うようになっていたけれど、子役をやらされるのが苦痛だったようだ。与えられた役を演じなくてはならないというのは、けっこうしんどい。私は演じなかったけど。だから押し付けられた役だけがいつも宙に浮いていた。子どもらしくない、ひねくれた子どもだっているのだ。そういう個性をみんなして嫌うから、役が宙に浮いた。大人びていたのかといえばそうではない。ただ天真爛漫ではなかった。それだけ。


私は与えられた役を演じることが不満だったし、素でいることも辛かった。素の私は救いようがなく、それを肯定すれば夢も希望もない。このジレンマは大人になった今も変わらない。私は逃げ道として、性質を認めると、向上に努めるを用意し、それは少しずつ欺瞞に変わっていく。書きながら思いもよらぬ方向に話が進んでいき自分でビックリ。