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シチューおいしいよ

ゆっくりと覚醒すると、どこからかうっすら灯りがもれている。人の気配もする。全身の水分を出し切るまでは、身動きしてはいけないと言われているので、首は動かせない。でも、枕元には、着替えと飲み物が置かれていて、声を発すれば誰かが飛んでくるだろう。昔、そういう暮らしをしていたこともあった。そんなことを思い出して、惨めになったりするのかと思えばそうでもない。逆に、こんな者を見舞ってくれる人がいて、とても有難いと思う。


子どもの頃は、体がとても弱かった。それに比べたら、今はなんて健康だろう。足りないのは根性だろうか。人から風邪をひいていると聞くたびに驚いてしまう。どんなに着込んでも、震えや涙が止まらなくなる。雑巾みたいに、全身をしぼられているようだ。みんなこんな状態で頭や体を動かしているんだろうか。すごいことだ。私にとっては、風邪ってすぐ治る大病なんだが。


初めての職場では、取材の帰りに気を失った事があった。八月の炎天下、路上に駐車してあった車に乗って、空調は普段から使わないが、窓を締め切り、セーターを着込み、いつもなら火傷するんじゃないかと思う熱せられたハンドルを握り締めて、全身に鳥肌を立てて震えながら、いつの間にか気を失っていた。少し遅れてなんとか戻ったが、いつものように涙が止まらず、「風邪くらいで泣かないでくれない?」と言われてしまった。そう、大病ではないのだ。風邪以外のなにものでもない。それでも、そのまま会話もできず、話もきけず、しばらくして帰された。ここで帰されてしまうのは情けない事だろうか。その年の大晦日(前日?)は、インフルエンザにかかりながら、社内の大掃除をした。自分の目に何が映っているのかも良く分からない状態で、冷たい水の入ったバケツに手を突っ込んで雑巾をしぼる。他にもインフルエンザにかかっている人が何人かいた。その体調を押してまでするほどのことだろうか掃除って。結局また頭も体も動かなくなり、涙も止まらなくなり、私だけタクシーに乗せて帰された。他にも体調の悪い人はいたのに。私の根性が足りないんだろうか。働くってどういうことなのか分からなくなった。


私は、体に負担をかけることや無茶することを美学として語りたくない。その先に何があっても、その時には誰も助けてくれないものだ。外面より、格好悪い思いしても、資本となるのは体なんだから。格好悪くてけっこう!


そんなことよりシチューがおいしいよ。今まで食べた中でいちばんおいしいよ。泣ける。ありがとう。良い子っているもんだなあ。やっぱり夜中に覚醒して、人の気配はしないけれど、隣に座っている人を見つけて、なんだかすごく安心した。いつからいたんだろう。無駄に心配かけてしまったな。それとも、ぜんぶ夢だろうか。