まぶやーぐみ

だいたい普通に土産とか買ってきたけど渡せねえじゃないか。何処行ってたとか何しに行ってたとか触れられたくないわ。私がちょくちょく行っていたのはけっこう皆知っているわけで、だから聞かれるたびに答えやしないけど思い出しちゃうんだよこれで最後なんだって。人と同じくらいあの土地が好きだったんだと今更ながら強く思う。何年もかけていろんなとこに行ったけれど、走っていて普通に飛び込んでくる町並みや景観が素晴らしかった。見ておきたいものは、まだまだあった。それが心残りだけれど、生きていればいつか機会もあるだろう。


しかし性分なんだろうが、知らなかった感情を知るのは楽しくもあるから困ったもんだ。日を追うごとに酷くなるとか、スイッチがよく分からないとか、なんというかバランス感が保てないのな。ああこういうのを情緒不安定と言うのかな。更年期になったら毎日こんな感じ? 悲しいことを経験してこなかったわけじゃない。それなりにいろなんなことがあったけれど、そういうのとは全く別物だ。思い返せば「ガッカリ悲しい」みたいなことばかりだったんだな。ガツンて殴られたとか切り刻まれたとか頭から水を浴びせられたとか、そういうものだと思っていた。そういうのしか知らなかった。矛先もなく、安堵や虚無がごっちゃになって、砂が水を吸うみたいにじんわり染みていく。そういう気持ちもあるんだな。で、誰もが通るであろう道を自分も通れたって喜びはやっぱり強い。三十にもなって情けないが、たくさんの人に心無いことを言いながら生きてきたんだろう。経験のないことは分からないものだ。それでも私に支えられた救われたと言ってくれる人が何人もいるわけで、どうなってんじゃこりゃ。薄っぺらいんだよ私なんか。偉そうなこと言いながら生きてて、本当に済まんかったよ。

こればっかりは自力で這い上がるしかないはずなのに、既に人に救われすぎだ。最初に支えてくれたのは志乃だったし、今回ずっと気にかけていてくれたのは操だった。私のその手の話は何故か比較的嫌われるのであまり人には話さないが、なんで勝手に分かってくれるのか。短いメールみて泣けた。その人が持つ歴史がそうさせるんだろうな。私もいつかそういう人間になりてぇな。とりあえず今夜はがっつり甘えさせてもらおう。若い頃に七恵とこんなことやったな。昔は佐堀ともやったかもな。そう思うと成長してねーのな。数日後には、ゆっこもたきちゃんもともちゃんも来る。丸々私に会うためだけにそんな豪華面子でやってきてくれる。すげー嬉しい。楽しみ。一月後には懐かしい顔がまた二件。翌月にも・・どんどん続く。落ちてる場合じゃねぇんだ上げていかねば酒に飲まれるし!


非常に支離滅裂で堅苦しく重かっただろうと思う。話したかったことは、今もまだぜんぜん伝えきれていない。それよりも、受け取るしんどさを知っているから済まなかったと、ただ済まなかったと思う。でも、ああしとけばこうしとけばとは思わないんだよね。重くてけっこう! どこまでも自分らしいじゃねぇか。そう思えることは自分にとって画期的で、それなりに成長できたと思ってよいんじゃないだろうか。ただ何もかもが。島に来る前からのこの長い間にあったこと全てが架空だったんだなと。それ自体は事実として受け入れられるが、まぁ普通に痛いというか笑える。そうかなって場面が山ほどあったし、違うわって場面も同じくらいあった。そしてそれを確かに楽しんでいたのは誰でもない自分自身だ。


走馬灯のようにってほどじゃないが、たくさんの出来事を順を追って思い出した。そして、それなりの歴史があったんだなーと思えて、それはそれで何となく達成感じゃないか。日課だった。日々のことを話す。聞く。そんな簡単なことに不慣れで、でも一人だけにはそうするよう努めてきた。それがいつの間にか自分の中で日常になり、無くてはならないものになり、支えになり、歴史になった。何を失ったかといえばたったそれでけで、しかしたったそれだけがなんと重いのか。


こうなって良かったと心から思う。でなければ、自分で自分を許せない局面が多すぎた。白紙になって、ここからはやっと汚れずにやりなおせる。逃げや甘えや嘘はどんどん自分を汚すから、これからは迷いなく独りで立って進んでみよう。忘れずにいたい。自分で自分を汚しすぎて出口を塞ぐしかなくなった出来事を。さーて、じゃんじゃん人生楽しむぞ。もう許されるんだ。誰に頼っても甘えても馴れ合っても。勝手に作った枷を特別視してきただけなんだから。島で暮らすってことを今からやっと始められる。それはやらなければならないことだったし、喜ぶべきことだ。そうだな、そう思えば今回はまぶいを拾ってきたとも言えるな。あーすげーな文字にするとなんて落ち着くのか。というよりたった一日でこんなこと書いてる頭でっかちさに引くわ。