飯をたしなむ

暖冬かと匂わせながらも、例年通り寒くなった二月。同僚に何度かタイ料理に誘われた。旅から離れて数年、この味にどうしようもなく飢えていたんだと自覚すると同時に飯って楽しみ方を覚えた。みんなで、くだらないこと騒ぎながら旨いもの食べて幸せ。今までそういう楽しみをあまり知らなかった。人と会う、語らう、バカやるときは酒を飲み、食すのは旨い肴だった。酒なしでは人と会わなかったし、くだらない話もご免だった。酒のない飯は、時間をかけないことが第一で、いつもながら食いだった。食事だけに時間を割くのがもったいなくて、移動中とかに適当終わらせる。私のために作られた料理の場合を除いてだが。


いろいろ重なったのかもしれない。当たり障りのない話はご免とか言っていられないくらい、人と話すこと、食事を共にとることに飢えていたのかもしらんし、年取って丸くなったのかもしらんし、大陸の懐かしさが引き金になったのかもしらんし、禁煙したせいかもしらん。酒にはずいぶんと助けられてきた。不安も緊張も悲しみも寂しさも怒りも情けなさも、しんどいことは私の代わりに全部請け負ってくれた。少しずつ大人になり、心身ともに強くなって依存度が下がってきたのかもしれない。


先週やってきた二組と、一緒に飯やら飲みやらドライブやらお邪魔させてもらった時も幸せな時間を過ごせた。自分に対して悪意がないと思える人間に囲まれただけでこれほど寛げるとは。だらだら暮らしててもそれなりに社会人らしく日常はぴりぴりしてるんだろう。そう思うと、私に対して敵意のない人がいるということにとても感謝したくなる。しかし今更ながら、人と接すると皆優しいなあと思う。優しさって、曖昧で当たり障りのない態度を嫌だなと感じる時と、自分が惨めになるくらい感動して鼻水でそうになることがあるんだが、相手によるのかもしれない。はっきりしていて優しい人に癒されるんだろうきっと。私も善良な人間になりたいなあとたまに思う。今更なんだけどさ。そんな風に一度なってみたかったなと。


今年も毎月人が来る。大好きな奴らが私に会うためにやってくる。月に何度か、そんな奴らと死ぬほど旨い飯食って酒飲んで、やばい想像しただけで超幸せだ。しかも皆礼を言うんだよね。時間を作ってくれてありがとうと。何言ってんだ作るに決まってんじゃないかバカ。私は身勝手にここに来て住み着いて、ただここに居るだけなのに、たくさんの人に何度もありがとうと言われている。変なの。借りはいつか返せるだろうか。久しぶりの、瀬底、古宇利島、海洋博、すーまぬめぇ、玄。娘どもも参加させて貰えた。良かったな?