やすっぽい感情や感動

連れて歩くのにそれほど恥ずかしくなく、頭も稼ぎもそれほど悪くなく、きれい好きで感情の波も激しくなく、そこそこ魅力的な交友関係を持ち、社交的で干渉も束縛もしない、借金もなく両親もまっとうな、付き合うには丁度良い相手という理由で人から好かれるのは、そしてそのまま依存してゆく感情を大恋愛だと思い込まれるのはもうたくさんだ。 たくさんだとか言いながら、価値基準が違うだけで私も同じことをやってきたんだろう。


誰かの心を掴みたいとき、人は適当なことを言って話を合わせる。もしくは喜ばれるだろう言葉を捜す。飲み屋のママや占い師が一見客にするようなやつだ。私はすぐに嬉しくなるし、居心地の良さを感じる。常客になりやすいタイプだ。 そのうち何かに気付いても、一度自分で決断したことを簡単に覆せるほど器用でもなく、長い間袋小路に迷い込む。 人が心にもないことを言う時がもう一度ある。誰かに捨てられると直感した時は、なんとか相手の気に入る言葉を捜すものらしい。そんな時、真面目な顔で語られるひどく適当な言葉にがっかりして、最後の最後で改めて思う。よくこんな最低な関係を築いてきたもんだと。


自覚していても弱いものにはどうしても弱い。私は、食べ物をくれる人に非常に弱いし、アンパンマンのようなほっぺにすごい憧れがあるようだし、自分の親を褒められることに非常に弱い。口先ばかりの言葉だったとしても、それに気付かないほど嬉しくなってしまうし、それだけで心を開いてしまうし懐いてしまう。そして後日、口先だけの言葉に喜んだ自分を非常に嫌悪する。繰り返す。繰り返せば多少は成長する。割り切ること、腹の中まで読むこと、期待をしないこと、これが大人なのかなんか寂しいね。