太陽

「なんで島に移住してきたんですか」と、頻繁に尋ねられるくせに、未だに模範解答を持ち歩けない。なので、毎回だらしない感じで本当のことを言ってしまう。「東京は寒くてね〜」そして、なんとなく乾いた笑いを貰って、ひどい時は鼻で笑われて、話は終わるわけですが。それ以上突っ込まれれば、一応「他の国も周ったんですよ〜」とか「宗教があるのはね…」とか、そんな毎度お馴染みな話をして。で、そこで食いついてくる人が意外と多い。そんなへんは、私にとっては気候ほど重要な要素ではないんだけれど。

気候とだけ言うと、言葉がどうにも軽くて、自分で発したにも関わらずわじわじする。私は夏大好きっ子☆とか言いたいわけじゃないのだ。自分がフラストレーションを抱えず生きるのには、ある程度の気温が必要で、それは私にとって重要なことだった。些細なことでも、集まれば大きい。衣類や靴を身に着けずに済む。全身洗いっぱなしで放置できる。お湯を使わずに済む。寝具を使わずに済む。窓を開け放ったままでいられる。何でも手洗いできる。草木が育つ。ある程度の気温があれば、私は生き物として、土とか水とか風に近い位置で暮らすことができて、逆にそれができなければストレスになる。全てのことは繋がっている。冬場のようにつくらず、構えず、飾らずに、身も心も暮らしも哲学も、開放的で自然体でいるために必要。寒い場所では自然と共に生きていないというわけじゃなく、体質を考えれば熱帯の方がが私のやり方でやりやすいだけのこと。かといって、「自然が…」という言葉を使うと全く誤解されてしまう。少なくとも那覇は私が育った場所よりよっぽど都会で、そんな場所を選びながら沖縄の自然を語るつもりも無く、自然とは私にとっての自然の話しだ。所得がどんだけ減っても、今のままじゃ誰かを養ったりするのは難しいっていうか無理だけど、でもそれ以上に大切。それを超えるものがあれば、住む土地を変えるだろうし、でもそうすることになっても、相当後ろ髪を引かれるものがあるだろうなと思った。太陽を浴びて、助けられて、感謝して、より近い場所で生きていられたらそれでいいと思っていた。思えば太陽や夏ほど私が恋焦がれてきたものは他にない。毎年毎年、秋の風がどれほどの絶望を運んできたかは、言葉では説明できない。直射日光にあたりすぎだと母が泣くけれど、シミだらけになろうが、老けて見えようが、癌になろうが、死ぬまで陽を浴びるのはやめない。

そう言えば、友人から太陽に例えられることが多いが、そういったものに例えるなら、自分では土か木だろうと何故か昔から思っている。私が太陽なら、三十年間もこんなに強烈に焦がれ続けたりするはずがない。