肉を食らう

ふと悲しいことがよくあって、とても些細なことでくだらないけれど。例えば、肉や魚は普段から無駄に食らわないようにしている。好き嫌いで言えば好きだし、というか嫌いなもんなんてないが。出されたものはおいしくいただくし、人と食事も普通にするけど、一人でもそもそ食う飯のときだけ気をつけてるって程度の話。無駄な殺生、ひいては消費を抑えたくてそうしている。今の物流システムじゃほとんど影響なんかなくたって、長く続けてりゃ統計的にも出てくるでしょうと。そもそも豆ばっかで生きてる人がたくさんいるんだ地球には。そんな暮らしとかその国で一緒にやってみて、肉に対する飢えってやつを経験して、そんなのも悪くない。やりすぎて鉄分が足りないと医者に注意されたけど、いいんじゃないそのくらいは。

でもふと人目についちゃった時に、「そういう体型維持するのも大変ねー」みたいに言われる時があって複雑。自分の外見なんてすっげーどうでもいいし、そんなこと考えてるわけないし、そもそもダイエットなんてしたことないですよ。自分には必要ありませんからって話じゃなくて、普通に生き物らしく生きてればいいじゃんて思う。普通に動いて、なんでも有難く食べてればそれが自分の標準体型だろ。菓子食いながらダイエット食とか私から見たら不思議ちゃんすぎる。肉がどんだけ付いてるかとか、肌の色とか、私には心底くだらない。個性の範囲だろそんなもん。無理して作りかえるもんじゃない。飢えた場所では太ることもできないのに。それでも肉減らしたいなら、必要以上に買ったり食ったり残したり吐いたりしなきゃいい。

そんなことは言わないけどさ、もし否定したら、「じゃぁ節約してるの?」とか返ってくるんだろうどうせ。そんなマネーと美容的価値観でしか測れない話せない人を前にしたとき、なんとも言えない諦めのようなもんが全身を漂って脱力する。価値観は人それぞれだから別に構わないし、どちらかと言えば私のほうが特殊なんだろうから、私の方が嫌煙されるのは分かっている。だから、その人はその人で間違っているとかないし別に良くて、それより自分の中にある鼻から投げちゃってる感が、どうしようもなくモヤモヤさせる。そんなモヤモヤのまま適当にくだらない冗談とかで返すんだけどさ、「私なんてぜーーんぜん気にしてないのよ。だから肉ばっかり食べてるのホホホ」なんて、その人の的外れな発言で場が盛り上がる中、笑い所さえ分からなくて、適当な笑い顔で相槌とか打つ自分を寂しい人だなと思う。でもいい年だしツンツンしてらんないし丸くなんなきゃいけねーのかなーとか思うので適当に笑っとく。ってか基本的にオナゴには弱いだけかも。ヤローなら噛み付くな。