選択肢

十代から覚悟の上といえ、いざ直面すると開き直ってばかりもいられないもんだ。もう何を今更アホかと。可能かどうかは別として選択肢は無数にある。いや、物理的には可能な選択肢が無数にある。意外と行き当たりばったりな性質でもないとは知っていたけれど、あんまり先のことまでグダグダ考えるようになるとは思わなかった。考えても仕方ないことは考えない。流れに任せる方が性に合う。んなことは分かってる。それでも、どうしようもない焦燥感は住みついてしまった。血なんて厄介なもので、代わりがないから自分が動くほかない。私が先や心を犠牲(って言い方もいやらしいが)にすれば、叶えてやれる。でも、そんなこと本当に望むのかねあの人たちが。無茶なことじゃない、普通の中年なら大抵叶う程度のささやかな望みだけれど。何も口には出さず他所の子の世話をしている父さんも、それを見てるのが辛くて口を出してしまう母さんも、けっきょく優しいんだよね。

誰もが悩んできたことで、どんだけ悩んできたかたくさん見てるから、自分は腹を据えてたつもりだったんだが十年以上も。そんなに長い時間をかけて覚悟していたくせに、いざとなるとふらつく。30年も好き勝手にさせてもらっておいて、返さないつもりかと。私とあの人たちの幸せが並び立つことはない。じゃぁどちらが犠牲になるのって問われた時に即答できるほどの度胸がない。体に原因がある人はむしろ気遣ってもらえるのに、中身原因の人も同じようにデリケートに扱ってくださいよ。でも、一昔前は自由恋愛すらなかったことを思えば、こんなことさえ現代人の我がままかとも思う。

まー健康体だし、あと5年くらいは悩んでてもいっか。悩むまでもなく答えなんて決まってるんだろうけれど。こうやって悩んだり模索したりしてみるのが現状できる孝行の限界とはなんとも情けない話。誰に相談したって解決することでもなし、タイムリミットまで付き合うことになるお題になる予感。なげーな。