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星の切り売り

読谷村の中央に読谷補助飛行場がある。旧日本軍が陸軍北飛行場として建設後、米軍により占領、拡張された。かつてはパラシュート下降訓練に伴う事故が相次ぎ、65年、トレーラーで小学生が圧死するという事件が発生。10年前訓練場が伊江島に移転され楚辺通信所(通称「象のオリ」)も返還されることが決まった。そして先週やっと返還というか嘉手納弾薬庫内にある村有地と等価交換した。


村は返還地の大半を旧地主で組織する農業生産法人に貸し付ける予定。ということは、本来の目的だった旧地主の所有権回復は完全な形ではなされない。施設内の大半は黙認耕作地だった。大きなうーじ畑がある。返還を目指してともに戦ってきた人々が、「与えられる者」と「奪われる者」に別れる。長年自分の手で耕してきた地を奪われるのはどれほど辛いだろう。しかも返還の喜びとともに。旧地主だって正式には取り返せない。それはそれで悲しいだろう。なんで土地ってきっちり所有してなきゃいけないんだろう。


ずっと自分の土地が欲しかった。自分の手で木を植えて、長い年月かけて育てたかった。底の浅いベランダ菜園なんかじゃなくて、どこまで掘っても尽きない土で野菜を育ててあげたかった。これはおらの大地だーってものがずっと欲しかった。今も欲しい。欲しいのに。等価交換という言葉には違和感がある。等価で交換するということは誰かが所有し、誰かが価値を決めたから成り立つのだ。自分だって人だけどやっぱりたかが人間の癖にって思う。金で大地が買えるなんて! 人の歴史上で大地を所有するといえば殖民支配があった。文明人の目でそれを振り返れば何やらかしてんだタコと思うし、それをマネーにすることによってすっきり円満解決とは思えない。やはり殖民支配と同じような稚拙さが残る。月を分譲しだした時にはなんて滑稽だろうと驚いたけど、同じような目で見れば地球を大地を海を切り売りしてるのはやはり滑稽に見える。


もしもまだ知らない大きな世界があって、地球人はまだ未熟な種で、星単位で所有者があったなんてことになったら。おらたちのしていることは、子どもが空き地で陣取りしてるようなもんだ。自然を所有しようだなんて、規模がどこまで大きくなろうがその程度のことのようにも思える。資産運用なんて理由で大地を汚すな。おまえの資産なんてただの紙切れ。薄っぺら薄っぺら薄っぺら。


あんなに自分の庭が欲しかったのに、所有するってことが心底くだらなく感じて、そのうちそういった行為そのものを嫌悪するように変わってしまうのかもしれない。