ホテル・ルワンダ

公開が実現した1月から4ヵ月!待ちに待って待ちすぎた。ホテル・ルワンダ。署名運動の頃から追っていたけれど、日本で公開が決まっていないムービーって情報を仕入れる機会が極端に少なくなる。そんな中で、これは絶対に我国でも上映するべき映画だ!と運動をはじめる人がいる。世界をちゃんと見てるヤツらは見てるし、動かされるヤツらは動く。ルワンダが来日するまでの軌跡とそれに関わった全ての人に感謝。ありがとうございます。


劇場にいる間中思ったことは、"絶対に安全な場所なんてこの世にない"誰にとっても。でも無意識のうちに思い込んでた。日本を、我が家を安全な場所だと。勘違いもいいとこ。ホアキン・フェニックス扮するマスコミが「傘はいらない。恥ずかしい」と言ってバスにのる。バスに乗るのは私だったらと考える。恥ずかしい事は何か。隣人が殺しあう様を人として憂いたりはしない。自分が逃げ出す側の人間だということでもない。勘違いした正義を振りかざしてそのまま残れば、たった1人を救出するために自国の軍がさらに死体をつくることになる。恥ずかしいのは、大量虐殺兵器だけを残していくことだ。ナタだけであれほどの死体の山は一晩で築けない。虐殺に使われた軍事物資はほぼミッテラン(仏)からのもの。さらにそれは地を汚す。


大衆を動かすにはメディアによるコントロールが有効である。ルワンダ内にも一部の利益を得る人間がメディア操作をしていることは簡単に想像できる。後進国の人間が無知だから踊らされるわけじゃない。だって今この国で我々が操作されている。日本でもたった数十年前にたくさんの犠牲がでた。他国ではこうしている間も子どもが徴兵されている。この国がなぜ平和なのか。米国と組み、人を殺しているから。間接的になんて思わない。直接と何も変わらない。自分たちは手を汚していないと思い込んでいる分さらに悪い。経済面では、他国から無茶な搾取をして利益を貪っている。私が生きるために必用でもない贅沢をするために、貧困や過労で誰かが死んでゆく。


メディアによるコントロールとは一部のマスコミのことじゃない。例えばスーパーモデルを見る。ハリウッド映画を見る。そうやってアングロサクソン崇拝をしているのだ。知らずに。洗脳されている生き物は、それに気付かないからこそ洗脳なのだ。無知でいることは恥ずかしいこと。一番しなきゃいけないのは、まず日本人が1人残らずこの国がアメリカの属国なんだと知ること。自分が人を殺して生きてるんだって知ること。お洒落とかショッピングとかグルメとかましてやバラエティ番組なんかよりもっと心を占めなきゃいけないものがあるって知ること。日本は人目ばっか気にするから、世論が動けばメディアも動くことになる。そうやって、自分らの手でアメリカから独立しないと。寄付とかだけじゃかわらんのよ。米に飼われてるのが現状なら、飼い主の喉噛み切ってでも訴えられなきゃ本物じゃない。


念願の名台詞を聞いてきた。

「助けは来ると思うか?」

「世界の人々は、この映像を見れば助けに来てくれる」

「・・・
世界の人々はこの映像ををみて
怖いね
と言ってディナーを続ける」


愚かさをこんなに分りやすく表現してくれた言葉ってなかなかないんじゃないだろうか。文字で読むよりもずっと響いた。もちろん、「こんな映像を見た後にとてもじゃないけど食べられないわー」とか言ってわざわざ飯残したり捨てたりする奴が一番ダメだけど。なにプレイだ?


たとえば考えるということ。ルワンダで虐殺がおきたのが過去じゃなく明日だったとしたら? 自分は何をするのか。それならば現在もそんな国はあるじゃないか。大金と権力さえあればなんとかなりそうな気もしないでもないがそれじゃ何も解決しない。根本的に解決しなければ意味がない。根本的にってなんだ?生き物ってこういうもんなのに。そうして何かできないかと思う時、慈善や助けなんて言葉はあんまり遠い。彼らが私に劣るところなんか何もないのに。傲りほど虚しいものはない。生き物が生きていて、縄張りや資源を争っていて、生まれていったり死んでいったり。それは普通のことだ。そうやって星はずっとまわっている。不自然なのは我々が道具を使いすぎること。生態系ごと破壊していくこと。日が昇るのは別に人のためじゃない。

Ni dyar'izuba, Rizagaruka, Hejuru yacu,
Ni nduzaricyeza ricyeza.