こうやって世間の嗜好に毒吐くとか歪んでると思いつつ矯正できない

格言とか哲学とか心理学とかきらい。格言って受け売りじゃなく、自分の言葉じゃなけりゃ。だから聖書とか経典とかもいやだ。生きてるんだし、自分で歩いて、見て、知って、感じて、考えて、経験から自分の中につくられればいい、って子供んときからずっと思ってきた。

年々流行ってくじゃないですか、みつをってカレンダーどの店のトイレにもあるし。あれ、ある家って恐いんだよ。だって自分の言葉じゃないじゃん。受け売りじゃん。刷り込みじゃん。なんだか久々に帰郷すると実家にまであってくつろげません。他人の言葉じゃ感銘受けない。共感はあるけど。でも、ぐちゃぐちゃ考え抜いたことを簡単にまとめてあるものは、時々読み返したくなる。

Erich Fromm 『愛するということ』(1956年)より

誰かを愛するというのはたんなる激しい感情ではない。
それは決意であり、決断であり、約束である。

自分自身を“信じている”者だけが、
他人にたいして誠実になれる。

他人を「信じる」ことのもうひとつの意味は、
他人の可能性を「信じる」ことである。


愛するということは、なんの保証もないのに行動を起こすことであり、
こちらが愛せばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に、
全面的に自分をゆだねることである。


愛とは信念の行為であり、
わずかな信念しかもっていない人は、
わずかしか愛することができない。

信念を持つには勇気がいる。
勇気とは、あえて危険をおかす能力であり、
苦痛や失望をも受け入れる覚悟である。

別に愛じゃなくとも、決意と決断のない生き方は軽い。


Erich Fromm(エーリッヒ・フロム)
ユダヤ系ドイツ人の新フロイト社会心理学者。