辺野古の浜と看板

数日前、辺野古の浜に米兵がやってきて看板を立て始めた。「ここから先は米軍基地施設です。侵入した場合は日本国の法律によって罰せられますので固く侵入を禁じます。 那覇防衛施設局」。民間地である。ジープの前に座りつづけ、果敢に追い返したのは立派! 来週また来ると言い放たれたのが心配だ。時々チェックしてる「ジュゴンの家」に書かれている一説を拝借。

恋人のユウスケは、カヌー隊で、海上でのすわりこみをするため、名護でくらしている。ある日、仕事をやめ、彼は「辺野古に行こうと思う」と言った。それは、唐突ではあるがまるで必然のようだった。生活=お金のための生活をやめて、イメージに近いほうを選ぼうとしていたユウスケ。辺野古のことは知っていた。基地ができれば、もちろん自然はこわされ、それ以上に人がたくさん死ぬ。ねがいは、ただ、「幸せになること」。だからこそ、目の前に見えている脅威を見てみぬふりをして自分を偽ることはできない。ほんとうに幸せになりたいから、止めに行く。それが、ユウスケのイメージだ。ものすごくシンプルに、「好きな人を失いたくない、悲しませたくない」から、この不穏な世の中の流れを止めるために動く、その中でいま1番焦点になっているのが辺野古だったのである。
(中略)
 彼らは全員20歳代だ。若いからと言って失うものがないわけではない。仕事も、恋人もギセイにしてきている。家族や友人の理解が必ずしも得られるわけではない。経済基盤も保障ももちろんない。彼らはなにも好き好んで「たたかい」に来ているのではない。それぞれの意志で来ているのは確かだが、闘いたくて闘っているわけではないのだ。ほんとうなら、好きな人と好きな場所で心おだやかに暮らしたい。世の中が本当に平和なら、やりたいことは他にもっとある。


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ジュゴンの家 =http://dugong2003.fc2web.com/06_2_4.html
TVでは報道されない沖縄の現実 =http://d.hatena.ne.jp/manabitch/20060125/