まき毛の彼女

まき毛のキミに捧ぐ

  問 犬は地球に帰るだろうか。
  答 帰らないだろう。
  問 犬は宇宙で死ぬだろうか。
  答 そうだ。
  問 犬は人工衛星の中で殺されるのか。
  答 それはいえない。
  1957,11/5 デイリーミラー紙


いつものMy Bibleで話が出て急に思い出した。SINRA創刊号だ。恩恵は受けてるし、きれいごと言う気もないけど。それ言ったら保健所とかも一緒じゃんって感じだけどさ。でもやっぱり、たった独りの最期が悲しくて毎回泣くんだろうね。可能かどうかではなく、大地なしで生を営む意味は無いのに。宇宙旅行とか暮すとか、できたとしてもする必要がない。地球が壊れる前になんてよく聞くけど、張本人だけが逃げるのは究極のエゴイズムだ。心中したいけどな。喜んで。それでも、太古の昔から人が憧れてやまなかった宇宙には何か意味があるのかな。そんなものに思いを馳せたのは人だけなのかな。他の生き物も思うのかな。

以下「SINRA創刊号」(94年)より
栄光なき宇宙飛行士・・・ あるライカ犬の旅


彼女の名前は「クドリャフカ」。゛巻き毛゛という意味である。この体重5kgほどの小さな雌のライカ犬が、かつて世界を震撼させたことがあった。「ライカ犬の事を思うと胸が痛む。十分な食べ物も積まず、犬を宇宙に送るなんて。人類の進歩のために、望んだ訳でもないのに」

長らく地球の生命を拒絶してきた世界・・・ 宇宙。古代から我々の心を魅きつけた夢であり、人類最後の辺境地でもある。この厳しい環境に初めて足を踏み入れた地球の生命は、特別な訓練を受けた人間でもなく、知能の高いチンパンジーでもなく、「クドリャフカ(巻き毛)」と名付けられた、ソ連生まれの小さな雌のライカ犬であった。


最初が人間でなかった理由は明解である。それだけ宇宙空間が危険であったということだ。酸素、食料、温度の問題、そして何よりも、宇宙という未知の空間が人体に及ぼす影響を恐れたからである。そこで当然、人間以外の生物で実験するということになり、ソ連の場合は犬を選択した(アメリカでは最初にチンパンジーで実験)。なぜ犬を選んだのだろうか?


ロシアの科学者たちは、ずいぶん古くから犬の研究を行っていた。「パブロフの犬」に代表されるように、特に大脳生理学の分野について言えば、当時すでに60年以上の歴史を持っていたことになる。犬は古くから人間の友であり、人間に対して恐怖や抵抗を示すことが少ないため、実験動物として最適だったのである。ロシア人にとって身近な飼い犬であったライカ犬人工衛星の実験動物として選ばれた理由も、これと全く同じであった。当時ソ連では、「宇宙犬」として20頭以上が訓練されていたようだ。これらのほとんどが小さな雌のライカ犬だったが、それはどうも、環境に適応する能力は雄犬よりも雌犬の方が優れていると、担当の科学者が判断したためらしい。このエリート犬たちは、ロケットで高度200キロまで打ち上げられ、パラシュートで降下するという訓練や、数週間小さな気密室に閉じこめられるという訓練を何度も受けていた。その中の一頭がクドリャフカだったのである。


1957年(昭和32年)11月。当時世界最大規模を誇っていたカザフ共和国(ソ連)のバイコヌール宇宙基地では、スプートニク2号の打ち上げ準備が進んでいた。1ヶ月前には世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功、世界各国に大きな衝撃(スプートニク・ショック)を与えたばかりである。発射台には前回の六倍を越える重量の人工衛星を搭載したロケット、「R-7」がそびえ立っていた。


人工衛星に乗せられるライカ犬は、訓練の成績、体調などからクドリャフカに決定しており、彼女には人工衛星内で食べる特別食(当時の宇宙食)に慣れる訓練が施された。クドリャフカの運命の日が近づいていた。

 
11月3日(日)
クドリャフカは特別の気密服を着せられ、スプートニク2号内部の、アルミ合金でできた小さな気密室に入れられた。やがてロケットのブースターエンジンに点火され、この瞬間、秒速8キロ(人工衛星になるのに必要な速度)まで加速するさいに生じる、人間も経験したことのない激しい衝撃がクドリャフカを襲った。この状況でも、彼女はきっと今までの訓練と同様に、また地上に戻ってこられると信じていたに違いない。しかし、この人工衛星は違っていた。パラシュートの代わりに搭載されていたのは、紫外線やエックス線を計測する観測機器、クドリャフカの脈拍、呼吸数、血圧の計測装置、無線送信機などだけ。そして用意された酸素と食糧も数日分。搭乗者を回収するシステムを持たないロケットに乗り、クドリャフカは片道切符の旅に出た。


11月4日(月)
ソ連・モスクワ放送の発表により、「宇宙空間に初の生物」というニュースが世界中に伝わる。この打ち上げ直後、ニュースを知った人々の興味はほとんどクドリャフカの命に向けられた(特に犬好きのイギリス人はかなり敏感に反応した)。「ライカ犬を無事地球へ戻す計画」があるとも報道されており、その回収方法まで詳細に解説している新聞もあった。タス通信によると、この日のクドリャフカの健康状態は「良好」。彼女の生態データは無線機で送信され、地上の基地ではそのデータが随時分析されていた(暗号化されていたこの電波は、世界中で「怪電波」として騒がれた)。しかし当時の状況から推測して、生態データはソ連の有利になるよう発表された可能性もある。狭い気密室に閉じこめられ、微かに聞こえるのは観測機器の音だけ。淋しくて、何度も遠吠えしたかもしれない。この孤独の中で、彼女は一体何を考えていたのだろうか。


11月5日(火)
スプートニク2号の姿が、日本各地で観測され始める。それまでに人工衛星は一つしか打ち上げられておらず、現在ほど都会の夜も明るくはなかったから、東京でも、この姿は肉眼ではっきり捉えられた。そしてこの日、クドリャフカに関する一つのニュースが流れた。イギリスの「デイリー・ミラー」の記者が、ソ連人工衛星計画の担当者に行ったインタビューである。

  問 犬は地球に帰るだろうか。
  答 帰らないだろう。
  問 犬は宇宙で死ぬだろうか。
  答 そうだ。
  問 犬は人工衛星の中で殺されるのか。
  答 それはいえない。


11月6日(水)
ソ連当局の発表は、相変わらず「犬の健康は満足すべき状態にある」となっていた。スプートニク2号に関するニュースが流れるたびに、アメリカ政府は焦りの色を濃くしていった。宇宙開発の遅れと、人工衛星に乗っているのがライカ犬ではなくて、核兵器にすげ替えられた場合の恐怖からだった。彼等は威厳を取り戻そうと、人工衛星打ち上げ計画を発表するのだが、失敗を繰り返し、実際に打ち上げに成功するのは翌年1月31日になる(エクスプローラー1号)。クドリャフカの存在は、大国をも動かすほどのものになっていた。


11月7日(木)
アメリカのある研究機関が、すでに人工衛星から犬を収容した容器が発射されたのではないか、という報告を行った。しかし、クドリャフカはまだ人工衛星の狭い気密室の中にいたのである。宇宙に打ち出されて5日目。ソ連当局の発表とは裏腹に、彼女の精神は想像以上に荒んでいたに違いない。食糧も少なく、身動きもとれず、何よりも孤独だった。たった一つ取り付けられた小さな窓らしきものから、彼女は宇宙や地球を眺めることができたのだろうか。スプートニク2号クドリャフカは、この日までに地球を60周以上回っていた。


11月8日(金)
クドリャフカにとって最後の食事は、これまでの5日間と同じようにチューブで喉の奥に流し込まれた。その直後、彼女が苦しんだのか、眠るように意識を失ったのか、誰にもわからない。当局の発表を要約すれば、「酸素がなくなり苦しむ前に、睡眠薬入りの毒物を混入した食糧で眠るように死んだ」らしいが、真相は不明である。とにかくクドリャフカは「一人で」死んだのだ。殺された、といった方が正しいのかもしれない。世界初の宇宙飛行士は、同時に世界初の宇宙での犠牲者にもなってしまった。地上ではまだ、「犬は3日以内に戻る」というようなニュースが流れていた。


それからの数日は「薬殺された」と報じる新聞(イタリアの共産党機関誌"ウニタ")や、「モスクワから30キロの地点に無事着陸した」と伝える通信社(西ドイツ)もあった。クドリャフカが死んだことをソ連が正式に公表したのは11日。これ以降、スプートニク2号と、それに乗って宇宙を旅したクドリャフカの話題は、マスコミにあまり登場しなくなる。


1958年(昭和33年)
4月14日(月)
夜のモスクワ放送は、徐々に高度を下げていた人工衛星スプートニク2号の消滅を次のように伝えた。「昨年十一月三日打ち上げられ軌道に乗ったソ連の第二人工衛星は四月十四日午前濃密なる大気中に突入、破壊、消滅した」「破壊されたその各部分は小アンチル諸島(カリブ海)、ブラジル、大西洋上空を東南方に通過する線上に散乱した」クドリャフカの長い旅は終わった。


1961年(昭和36年)
4月12日(水)
歴史的な一日だった。バイコヌール宇宙基地から、若い空軍少佐ユーリ・ガガーリンの搭乗した世界初の有人宇宙船ヴォストーク1号が打ち上げられたのである。宇宙船は周回軌道に乗り、見事に地球を一周。そして2時間後、無事地球の大地に帰還したガガーリンは、世界最高の英雄として迎えられた。このガガーリン無事帰還の裏には、有人宇宙飛行の材料として、クドリャフカの残した生態データが十分に活かされていた。人類最初の宇宙飛行士は、あるライカ犬の犠牲によって守られていたのだ。その後、宇宙開発はさらに加速し、ソユーズという有人宇宙船やアポロという月面陸船の時代へ突入していく。

この栄光なき宇宙飛行士を忘れないでほしい。彼女の名前は「クドリャフカ」。"巻き毛"という意味である。