カミンチュ

カミンチュ(神人)とはいわゆるシャーマン。人生のあるときに神懸かりになり、「カンダーリィ」と呼ばれる精神病者のような巫病を患う。これはほとんどのカミンチュが経験する「関門」。この間、神霊や先祖霊に命じられるままに御嶽を回って祈らされ、祖先の道を悟る。すると霊感や守護霊が得られる。


フボー御嶽の事件を受けて、久高島のカミンチュ、糸数ナビィさんが"78タイフーンfm"で語ってくれた。45分ほどの語り、素晴らしかった。

今、人々が自然とはどういうものか真剣に考え直す時。フボーの木は神々が光臨する木。他の木も同様。1本1本が何十年何百年と生きたかもしれない。その木が切り倒されたら、私たちを守る神々は降りてこれません。


人間は見えるものだけを信じてますよね。御嶽は1人で守れないですよね。お社の中には何百人と座っているかもしれないんです。そのために木々は必要。生き物として、自然からたくさんのことを教わっている。土がなければ木は育たない。根を張る場所が大切。私たちが土を踏むことによって、大地との結びができる。


あそこは、他のものにパワーを与えるために蓄えてくれている場所。では自然からいただいたパワーは何に使うの? 昔はゆいま〜るといった結びの心があった。もらいっぱなしではいけない。


自分達が困っていると騒いでる感じではないんだよね。何十年もかけて種から始まり水と太陽に育まれた木々たちが意思とは関係なく殺される無念と、生き物としての理の話。人間がどうとかじゃなくて、もっとでかくて、それを普通に口にする。カミンチュになる過程とかも漠然と聞けて感動。

事件があって、犯人に責任をとらせることが大事なんじゃない。それを受けて、それぞれが何かを知る。思う。考える。刻み込む。そこからだ。