基地と石綿

1950-80年代の米軍基地で、アスベストが大量に使われ、取り扱い作業をした基地従業員に関連が疑われる肺疾患が多発している。従業員らは防護服を着けず、紙マスクやタオルだけで石綿粉末などを扱う作業を約40年間続けた。基地では80年代後半まで、兵舎の給湯用の蒸気式ボイラーを覆う保温・断熱材に、飛散性の石綿が大量に使われていた。約40年間従事した男性は「メリケン粉のような感覚で扱っていた。まゆ毛や鼻の穴、爪の中まで真っ白のアスベストまみれだった。危険だと分かってからも、業務命令で逃れられなかった。」と証言。1985年、石綿の危険性を知った元従業員らは全駐労を通し、県や国などに職場の環境改善などを要請した。しかし、対策は何も取られないまま、代替設備に入れ替わる90年ごろまで、アスベスト暴露は続いた。対策を怠った行政の責任は厳しく問われなければならない。石綿工場や大きな取り扱い企業がない沖縄で、米軍基地が最も深刻な石綿の汚染源だった可能性は十分ある。

そして現在もまたこれとは違った何かが行われていて、数十年後に発覚するのに。根本を経たなければ変われないし、米軍のアメリカの日本国の行いに対する被害者はいつも島人だし、その島人さえ加害者だ。


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アスベストhttp://d.hatena.ne.jp/manabitch/20050908/