カクテル・パーティー

作家、大城立裕さんの芥川賞受賞作品「カクテル・パーティー」(1967)がレジー・ライフ監督によって映画化される。民族意識などを題材にした社会派作品で数々の賞を受賞するライフ監督。2007年公開予定。映画は現代版にアレンジ。復帰前も後も米軍と沖縄をめぐる構図はなお変わらないことを描く。


カクテル・パーティー
沖縄人の「私」が基地のカクテル・パーティーに招待されている間に、「私」の娘はアメリカ人に暴行を受けていたー


これだけ聞くと、米憎し! みたいなモノを想像するが、語られていくことは違う。大雑把に言えば、生き方。人は集団としての罪をたくさん背負っていて、全てを忘れて生きてゆくのか、全てを許して生きてゆくのか、宗教に頼るのか、全てを憎んで生きてゆくのか。いつか誰もが考える。沖縄でのアメリカの治外法権を口にするとき、いつだって絶対天皇制の元、我々がアジア諸国に対してしてしまった事を思う。私は内地の人間なので、天皇の軍が沖縄でした事も思う。大戦は生まれる前に起きたことだが、歴史や国際問題、政治を口にする時、私は間違いなく日本人としての罪を背負っていなければならない。


著者は「どちらも許さない」という答えを得た。自分をも許さないことによって相手の責任を糾弾する資格を得るということだ。作中に出てくる中国人は「徳を以って怨に報う努力をしてきた」と言う。私は私の答えを探そう。記憶が微妙なので、ちゃんと読み返してから感想を書きましょうね。とりあえず、小泉さんは靖国参拝をやめていただけると助かります。